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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1598号 判決

当事者参加人 金石泰次

右訴訟代理人弁護士 渡辺重視

同 二瓶広二

同 安達正二

被控訴人(脱退) 東京繊維株式会社

右代表者代表取締役 牧野辰次

控訴人 株式会社第一相互銀行

右代表者代表取締役 館内四郎

右訴訟代理人弁護士 平田政蔵

右訴訟復代理人弁護士 中安邦夫

主文

当事者参加人の請求を棄却する。

参加によって生じた訴訟費用はすべて当事者参加人の負担とする。

事実

第一申立

参加代理人は「控訴人は参加人に対し金四一九万一〇三四円及びこれに対する昭和三七年一二月一一日から支払ずみまで年五分の金員を支払え。参加費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

第二事実関係

一、参加代理人は請求の原因及び控訴人の抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)  訴外株式会社加瀬商店(以下加瀬という)は控訴人に対し昭和三六年一月三一日現在別紙第一目録(預金目録)記載のとおり合計金四一九万一〇三四円の預金等債権(以下本件預金債権という)を有していたところ、加瀬は同年二月二日本件預金債権を自己の債権者らの代表としての脱退被控訴人(東京繊維株式会社)に対して譲渡し、同月八日内容証明郵便でその旨控訴人に債権譲渡の通知を発し、右は翌九日控訴人に到達した。

(二)  これより先き控訴人は加瀬との間で手形割引等の銀行取引契約を締結し、その中で右加瀬が支払義務ある約束手形及び為替手形にして不渡となり銀行取引停止となった場合は期限の利益を失う旨を特約し、これに基づき同年一月三一日現在加瀬から別紙第二目録記載のとおりの為替手形及び約束手形合計一一通(以下本件手形という)を取得し、これを割引きその割引金債権金四一四万六五〇〇円(以下本件手形割引債権という)を有していたところ、同年二月四日控訴人は加瀬との間で本件手形割引債権その他将来発生する債権を担保するため本件預金債権の上に根質権を設定し、同日その旨公証人の確定日付ある質権設定契約書を作成し、本件預金債権証書の差し入れを受けた。

(三)  しかるに同年二月二日加瀬は手形の不渡を出し倒産したので、前記約定に基づき加瀬は期限の利益を失い、本件手形割引債権の弁済期が到来したこととなるところ、控訴人は同年二月一〇日及び一六日の二回にわたり、本件預金債権についてすべてみずから期限の利益を放棄した上、そのうち第一目録(一)のうち番号2中の内金四、二〇〇円、(三)及び(四)を除くその余の金額につき質権実行をし、みずからこれを取り立てて、これを本件手形割引債権の弁済に充当し、その手中にあった本件手形一一通をことごとく加瀬に返還交付し、前記金四、二〇〇円は仮受金として加瀬に交付した。

(四)  しかし本件預金債権はすでに脱退被控訴人に譲渡され、同月九日にはその旨の通知があったものであるから、脱退被控訴人としては質権の目的たる本件預金債権の譲受人として、担保物の第三取得者たる地位にあり、民法第五〇〇条にいわゆる弁済をなすにつき正当の利益を有する者というべきである。ゆえに脱退被控訴人は、その譲受けた自己の権利たる本件預金債権を出捐することによって、加瀬の控訴人に対する本件手形割引債務を消滅せしめたものであるから、弁済の場合に準じて当然債権者たる控訴人に代位しうるものであり、加瀬に対する求償権すなわち本件預金債権中前記質権実行にかかる分と同額の範囲内において、控訴人が右債権の効力及び担保として有した一切の権利を行使しうべかりし立場にある。従って当時控訴人が有していた本件手形一一通は脱退被控訴人に交付すべきものであったにかかわらず、控訴人はこれを加瀬に返還して脱退被控訴人への交付を不能ならしめた。もし脱退被控訴人が当時これが交付を受けていれば、これらの手形上の権利を行使して右求償権を満足せしめえたはずである。しかるに控訴人の故意又は少くとも過失に基づきこれが返還をえなかった結果、脱退被控訴人は本件手形を取得行使して加瀬に対する求償権の満足を受けることができず、結局本件預金債権中(一)の金四、二〇〇円を除いたその余と(二)の合計金四一四万六五〇〇円の損害をこうむった。これは控訴人の不法行為によるものといわなければならない。また右(一)中金四、二〇〇円の加瀬への支払は脱退被控訴人に対抗できないから、これを脱退被控訴人に支払うべく、さらに(三)の当座預金及び(四)の普通預金も脱退被控訴人に支払うべき義務がある。従って脱退被控訴人は控訴人に対し、以上合計金四一九万一〇三四円及びこれに対する請求の後たる昭和三七年一二月一一日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める債権を有した。

(五)  脱退被控訴人は昭和四三年三月八日右債権を参加人に譲渡し、同月九日控訴人に対しその旨債権譲渡の通知をした。よってここに参加人は控訴人に対し前項と同額の金員の支払を求める。

(六)  本件預金債権に譲渡禁止の特約のあることは知らない、仮りに右特約があったとしても、脱退被控訴人はそれを知らなかったから右特約をもって対抗できない。また加瀬が控訴人主張の債権譲渡の取消の意思表示をしたことは認めるが、その効力は争う。

二、控訴代理人は答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

(一)  参加人主張の(一)の事実中債権譲渡の事実は知らない、その余の事実は認める。同(二)(三)の事実は認める。同(四)の主張は争う。同(五)の事実中債権譲渡の事実は争う。譲渡通知のあったことは認める。本件預金債権に対する質権実行による本件手形割引債権への充当関係は別表のとおりである。

(二)  本件預金債権には控訴人と加瀬との間に譲渡禁止の特約があり、脱退被控訴人は右特約の存在を知っていたから、債権譲渡によって本件預金債権を取得することはできない。仮りに知らなかったとしても、重過失のある場合には右と同様に取扱うべきところ、一般に銀行預金については譲渡禁止の特約のあることは周知の事実であり、しかも脱退被控訴人をはじめとする債権者団は、加瀬より本件預金債権を譲受けるに際し、各債権者の代表者、経理担当者或いは顧問弁護士等が出席しながら、右の点を加瀬に確かめず、又控訴人に問合せ等もしなかったのであるから、脱退被控訴人には重過失があるものというべきである。

(三)  仮りにそうでないとしても加瀬は昭和三六年二月一七日書留内容証明郵便で控訴人及び脱退被控訴人に対し前記債権譲渡の通知を取り消す旨の意思表示をし、同日到達したから、脱退被控訴人が有効に債権譲受を控訴人に対抗しうることを前提とする参加人の請求は失当である。

(四)  仮りにそうでないとしても、脱退被控訴人は加瀬から質権の対象となっている本件預金債権を譲受けたのであり、質権実行は任意弁済とは異なるものであるから脱退被控訴人が控訴人の質権実行により代位することはありえず、本件手形割引債権は質権実行によって満足したゆえに本件手形は割引依頼人である加瀬に返還したのは当然であって、これを脱退被控訴人に返還すべきいわれはない。従ってこれを前提とする不法行為の主張は失当である。

三、脱退被控訴人ははじめ被控訴人(第一審原告)として本件訴訟を追行してきたが、当審において参加人が参加するにおよんで参加人及び控訴人の同意をえて本件訴訟から脱退した。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、加瀬(株式会社加瀬商店)が控訴人に対し昭和三六年一月三一日現在合計金四一九万一〇三四円の本件預金債権(そのうち定期預金は金三八二万九七〇〇円)を有していたことは当事者間に争がなく、加瀬がこれを同年二月初旬脱退被控訴人に譲渡したことは、右の旨が加瀬より控訴人に同月九日着で通知せられたことが当事者間に争ないこと、その他弁論の全趣旨によって明らかである。

二、ところで本訴は結局、参加人において、右債権譲渡の有効なることを前提として、控訴人が加瀬に対する本件手形割引債権を担保する質権を実行して右預金債権の大部分を取立充当したのに、代位弁済権者と同視すべき脱退被控訴人に右手形を交付せず、これを加瀬に返還したため、脱退被控訴人の求償権を侵害して損害をこうむらせたとし、右脱退被控訴人の損害賠償請求権と右質権実行の対象とならなかった残余の本件預金債権とを参加人が譲受けたとして本訴請求に及ぶものである。

そこでまず、右前提事実である第一項判示の債権譲渡の効力について考えるに、この点につき控訴人は右預金債権には譲渡禁止の特約があり、且つ脱退被控訴人には右特約の存在につき悪意が、少くとも重過失が存するから、右譲渡は無効である旨主張する。

しかして、≪証拠省略≫を併せると、本件預金債権にはいずれも「控訴人の承諾がなければこれを譲渡し得ない。」旨の特約が存したことを認めることができ、反証は存しない。

三、ところで、右の如き譲渡禁止の特約を第三者に対抗するためには、民法第四六六条第二項但書の規定により当該第三者が善意に非ざること、即ち悪意であることを要するのであるが、同法条の立法趣旨等に照らすと、右「悪意」の中には、上記の如き特約を知らないことにつき重大な過失のある場合も含まれると解するのが相当であるから、以下、右特約に関する脱退被控訴人の悪意ないしは重過失の有無を検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、左の事実が認められる。即ち、

加瀬は婦人服の製造等を営む会社であったが、昭和三六年一月末頃不渡手形を出して倒産したため、同年二月二日取引関係筋の債権者の集会が開かれ、脱退被控訴人を含む債権者一八名(なお委任状提出者三名)の各代表者、経理担当者や一部顧問弁護士が出席したところ、右債権者らはいずれもその債権の回収を焦っており、加瀬に対して激しく善処方を迫り、結局同時点において加瀬の有する全銀行預金、売掛債権、在庫商品等一切の財産を代物弁済の趣旨で当日出席の債権者団に譲渡するとの方針が決定された。ところが、右のうち、少くとも本件預金債権については上記の如く譲渡禁止の特約が存したのであるが、これを記載した右預金の証書類は、同預金につき加瀬の倒産直後控訴人のために根質権が設定せられていたためすべて控訴人に差入れられて加瀬方には現存せず、又加瀬も右特約のある旨を債権者らに説明せず、更に債権者らからも右の点の質疑は行われなかった。そして本件預金債権は、債権者らの委託を受けた脱退被控訴人に同月七日付で譲渡されたのであるが、その際、脱退被控訴人より控訴人に対し、上記特約の有無等について何ら照会などは行われなかった。

以上の事実が認められ、反証は存しない。

四、右認定の事実関係によると、上記特約につき、脱退被控訴人がこれを認識していたとの事実は未だこれを認め難いところであるが、一般に、銀行預金についてはその証書類に譲渡や質入を禁ずる旨の約款が明記されている等いわゆる譲渡禁止の約定が存すること(特に定期預金について然り)は世間に広く知られている事実というべきところ、更には本件の如き商人の銀行預金については、質権設定の外、通常相殺予約等の約定が為され、これらが譲渡禁止特約と相俟ち、銀行の有する債権の担保の役割を果していることは、少くとも商取引経験のある者ならば周知の事柄というべきであるから、商人たる第三者が、他の商人からその銀行預金債権を譲受けるような場合には、特にかかる特約の有無等を充分調査したうえこれを取得すべき取引上の注意義務があるものというべく、これを著しく怠り、軽々に特約の不存在等を信頼した者については、前示法条による保護は与えられないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定の事実関係によれば、本件預金債権は商人たる加瀬の銀行預金であり、脱退被控訴人らも亦これと取引関係にたつ者であるところ、同人らはその債権の回収を焦るの余り、右預金に譲渡禁止特約が存するか否かにつき加瀬にも確かめず、又控訴人にも問合せていないのみならず、本件の場合はその預金の大部分が前叙のように右特約の存することを必然的に予見すべき定期預金であり、しかも本件譲受は、債務者倒産という事態における債権回収策の一方途として為されたものであって、右の如き事態の場合には、金融関係債権者たる銀行としては自行への債務者預金等につき何らかの保全手段を講じているのが通常であり、現に本件においても加瀬の倒産直後控訴人銀行のため質権が設定され、本件預金関係の証書類が一切加瀬の手許に存しなかったという異常な状況にあったのであるから、当然本件預金債権については特に上記特約の有無等を充分調査すべきであったのにこれを為さず、脱退被控訴人において漫然これを譲受けたものであることが認められる。以上によると、脱退被控訴人は本件譲受に際し前叙取引上の注意義務を著しく怠ったものといわざるをえない。なお右譲受の際、加瀬において右特約の存在を告げなかったとの一事は、未だ右判断を左右するものではない。

五、そうしてみると、脱退被控訴人には本件預金債権の譲受に関し、譲渡禁止特約の存在を知らなかったことにつき重大な過失があったものというべきであるから、同人は有効に右債権を取得したものとはいえず、従って右の有効な取得を前提とする参加人の主張は、その余の争点に立入るまでもなく、失当といわざるをえない。

よって、参加人の請求はこれを棄却することとし、民事訴訟法第九四条後段、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 小谷卓男)

〈以下省略〉

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